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エッセイ・論文

林泰義:私の考える21世紀のデザイン

地域開発 1998年3 月号 特集テーマ:21世紀をデザインする

1、未来の可能性を拓けるか:個人のパワーを活かせない日本

1、住民のパワーを活かせない日本

去る1月、イギリスのマンチェスターから招いたまちづくり専門家3人を神戸市長田区の被災地に案内しているときの事である。

地区の仮設住宅の3割が空いているなら、なぜ希望者を住まわせないのかという素朴な疑問がイギリス人から出された。

日本の行政当局者なら、当然ながら2年間の仮住まいのために建てた仮設住宅であり、まもなく公営住宅に入居できるのだから、数カ月間長柄地区にいても意味がないのだと説明するだろう。

形式的な行政の論理とコミュニティ自身による再生の論理との乖離が容易に見て取れる。

さらに言えば厚生省の所管する仮設住宅が機関委任により県、市へと管理が降りてきていることによる不自由さが透けて見える。

結果としてコミュニティの自己回復力を支えられない日本の行政制度の深刻な実態が露呈しているといえよう。

専門家の一人イアン・フィンレイ氏はこれを評して「日本は住民のパワーを活かせない国だ。」という。

前日、京都の被差別部落の人々とワークショップで丸一日つき合い、その夜には部落解放同盟千本支部の新年集会「荊冠旗びらき」に招待されて、「住民のパワー」を目の当たりにしたイギリス人の実感が、この言葉に表れている。

住民パワーを信じ、コミュニティの自主的な努力を導き出し地域再生政策を進めるイギリスのアプローチとの比較も念頭にあったかもしれない。

2、新しいNPOセクターの誕生:近未来社会のパラダイム

CADA (Central District Development Assosiation)は、シアトル市の都心に接した住宅地・セントラル地区のコミュニティの再生をめざして1994年に設立された「まちづくりの非営利法人(Community Development Corporation: 略称CDC)」である。

何よりも驚いたことは、1997年10月時点、誕生して3年に過ぎないこのCDCが既に低所得者向け住宅を20戸完成させ、地域のショッピングセンターの建設、空洞化した目抜きの交差点の一角へのコーヒー店スターバックの誘致等盛んな事業力を発揮していることであった。

このあと訪ねたアルバカーキー市ではソーミル地区の工場跡地の住宅地開発に取り組むソーミルCDCに非常なショックを受けたのであった。

地域の女性住民代表に率いられるこのCDCもまた1994年に誕生したばかりである。

にもかかわらず、約10ヘクタールにも及ぶ規模の跡地を市役所から廉価で借り受けて開発することを委ねられている。そして既に地区全体の計画・設計を済ませ98年春には工事開始予定と言うところまでこぎ着けているのである。

この事実は、日本人には想像しがたいことであろう。

アメリカは「コミュニティ再生」を支える独自の社会システムを、市民・地域のNPO・全国規模のNPO・大学・教会・自治体・州・連邦議会そして政府が、30年の歳月をかけて創りあげてきた。市民自身そしてコミュニティ自身の手による「まちづくり」の壮大な事業を可能にする程の全く新しい社会を生み出しているのである。*

アメリカ経済は好調であり、政府の財政赤字は解消するなど、日本とは対照的である。この奇跡の状況は、マイクロソフトやインテルに代表される先端産業の牽引力と規制緩和による市場活力の回復によると喧伝されている。

しかし、これは皮相な見方ではないだろうか。市場の力のみでなく、市民・コミュニティが存分にパワーを発揮しうる社会システムが底辺を支えている点は見逃せない。

「成長したNPOセクター」が生み出す近未来が姿を現しているのである。

3、新しいマネーフローシステムへの挑戦

1980年代のレーガン、サッチャーの新保守主義と呼ばれる政治をNPOあるいは「市民まちづくり」から見る時の重要な側面はマネーフローである。

福祉国家ではマネーフローの大きな割合が国家の財布を通過しコントロールされて循環する。政府を通過する割合を思い切って削減し、規制緩和、と合わせて非政府機能による経済活性化をねらうのが、新保守主義政策の特徴である。

これは当然大幅な減税を伴う。

アメリカのNPOセクター、イギリスのボランタリーセクターはいずれも社会的に成熟し、良く発達している。両国ともにこのセクターに対する税制上の優遇制度が幅広く整備され

マネーフローの一部が常にNPO に流れる。この中には例えばアメリカで1987年にはじまった低所得者住宅向け投資税額控除制度(Low Income Housing Tax Credit :LIHTC)等も含めるべきであろう。政策的な誘導を意図する税額控除制度である。

小さな政府を標榜する政策のもとでは、政府施策は苛烈な縮小過程をたどる。この時NPOが社会的安全弁の役割を果たすことは容易に推察できる。NPOセクターの発達した社会が市民にとって選択肢の豊かな社会であると言われるのはこうした側面を含んでのことである。

NPO社会の構造をこの様に理解すれば、アメリカのCDCがレーガン政権の1980年代に倍増したことも納得できる。

対照すれば明らかなように日本は未だに大きな政府であり、巨額な税収・財政支出が示すように行政セクター経由のフローのシェアーが大きい。

その結果による悪循環が断ち切れないのが現状であろう。

行政を経由するマネーフローの大幅な圧縮に伴ってNPOセクターへの多様なマネーフローを生み出すことが21世紀初頭の重要課題の一つである。

4、グローバルエコノミーの中のローカルエコノミー

まちづくりに係わるマネーフローのもう一つの重要課題は、コミュニティの再生に係わるローカルエコノミー、地域独自の経済循環系を如何に創り出すかである。

デリバティブに象徴される極度に抽象化され利潤追求ゲームと化したグローバルエコノミーに対抗して、地域の歴史・文化、生活様式、生業、そして価値観と一体になり、これを活かす事を主張するものとしてのローカルエコノミーが注目され始めているのである。

コミュニティ活動はボランティアに支えられている。その中に最近は高齢者福祉にかかわるタイムマネーの仕組みを実践する試みが増えている。あるいは自然環境保全運動を進めるグループが各人の銀行預金を活用して、運動を支える事業、例えば独自の出版事業の資金を確保し、出版物の販売により活動資金を生み出す例もある。

ワーカーズコレクティブ、市民バンク等は新しい市民ビジネスの世界を開いている。

イギリスではLETSと呼ぶ市民自身による地域独自の貨幣システムの試みが各地に登場している。

世界規模の経済の暴力的な浸透に対抗する市民の価値観に支えられたローカルな経済活動を抜きにして市民主体のまちづくりを語ることは最早不可能である。

5、まちづくりパートナーシップにおける行政改革:風通しの良い行政システム

1974年に始まるアメリカのコミュニティ開発総合補助金は連邦政府から直接基礎自治体に流れる。1980年代に至ってその25%が州に流れることになったが、それは自治体としては未組織の地域(Unincorporated Area)に補助するためであった。州を経由して自治体へ補助金を流すという煩雑な方法はとられない。

イギリスではサッチャーの改革によって日本の都道府県のような中間的な地方政府が無くなっている。1990年代半ばに登場したイギリスの地域再生予算制度(Single Regeneration Budget:略称SRB)は再生に取り組もうとする地域で創られたパートナーシップ(市民組織、非営利組織、民間企業そして自治体による連合)からのビッドが合格すれば中央政府から各主体に直接予算が与えられる。

大震災後の被災者・被災自治体を悩ませた日本の煩雑かつ非効率なタテワリ行政システムとこの風通しの良い行政システムは是非とも対比する必要がある。

これに加えて自治体内の手続きが煩雑である。ある政令指定市の担当官の話によれば、起案の決済に要する印の数は80は下らないと言う。行政の決定が膨大な時間を要する結果、状況に後手に回るのが構造化されている。

地方分権に伴う市民参加が実のあるものになるには、風通し良い行政システムが必要条件である。機能型で組織による迅速・柔軟な対応力強化が求められているのである。これによって「パートナーシップによるまちづくり」を支える組織的基礎が生まれることになる。

6、市民まちづくり制度の創設

日本のまちづくり関連制度には「近隣地域(コミュニティ)の活力の維持・回復」が制度の目的に位置づけられていない。

タテワリに切り分けられない市民生活に行政が対処出来ないのはこの為である。この欠陥は大震災後の被災住民の生活再建に如実に表れている。

アメリカの「住宅・コミュニティ開発法(Housing and Community Development Act:1974年制定)」は、持続しうるコミュニティ(Viable Community)の存在が市民に欠かせないだけでなく、国家の繁栄にとって基礎となる事を法の目的にうたっている。

コミュニティ開発総合補助金(Community Development Block Grant)はこの法律に基づいて生まれ、低所得者向け住宅の供給はもとより福祉・医療・保健・社会教育・職業訓練・起業支援・文化活動支援などソフト・ハードを問わず、コミュニティの持続・活性化に有効と認められれば補助対象に出来る。前述のイギリスのSRB制度も総合補助である。

Community Developmentとは、日本語で言えば市民の言う「まちづくり」、つまりソフトもハードも含んだ「総合的なまちづくり」なのである。

この領域を(仮称)「市民まちづくり法」として制度化することが緊急の課題である。平常時に必要であるばかりでなく、恐れられている東京や東海地域の大地震後の生活再建・コミュニティ再生の基礎となることが明らかだからである。

地域住民組織、NPOへの社会的支援システムづくりは、市民まちづくり法との連携のもとでとりわけ大きな意味を持つことになるであろう。コミュニティ再生・活性化の現場に知恵・情報・資金そして人材が集まる社会システムを如何に実現するかがこれからの最大の課題である。

個人の力、そしてコミュニティの力を活かす国への変革こそが、「21世紀のデザイン」の究極の目標である。


*このアメリカ独自の新しい社会システムの実態については「NPO教書 ー創発する市民のビジネス革命」ハウジングアンドコミュニティ財団編著、林泰義・小野啓子他執筆

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